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月下の王 prologue

  プロローグ


 月の綺麗な夜だった。
 漆黒の夜空に神秘的な存在感を放ち、無味乾燥な世界に淡くどこか儚げな月光を降り注いでいる、月。言うなれば、月は夜の神様のようなものだ。地上にいる僕らはその神様を遠くから眺めるばかりで、決して触れることはできない。天高く手を伸ばしても、空を掴むばかりであの輝く月にはかすりもしない。
 けれども、それでもいいと思う。
 眺めているだけだからこそ、月は幻想的なのだ。
 手が届かないからこそ、月は神秘的なのだ。
 しかし、
 いくら眺めていても見飽きることのない月から、僕は眼を離していた。
 それは幻想的な月よりも幻想的だった。
 それは神秘的な月よりも神秘的だった。
 そこに存在していることすら奇跡的で、思わず息を呑んでしまう。
 夜空から降り注ぐ月光がその肢体に反射して、あたかも彼女から光が発しているような錯覚さえ覚えてしまう。
 いや、それは錯覚などではない。
 確かに、この僕には眼前に直立する彼女から威光のようなものが発せられているのを見たのだ。
 堂々と、しかし美しく。眼光鋭くも、気品を失わずに。逞しくも、流麗で。
 少女という姿をした別の何かのように、明確な不鮮明さが僕を虜にさせた。
「そこの、オマエ」
 耳に心地よい柔らかな声質だったが、言っていることは荒々しい。とても少女とは思えない口調だったが、今の僕にはそれどころじゃなかった。
「こんなところでなにをしている? 夜の東京がどんな場所かも分からないぐらい、オマエはガキか?」
 蔑むような視線だったが、彼女は嘲笑っているわけではない。怒っているのだ。軽率な行動に走った僕を、自分のことのように考えて怒っているのだ。その人を小ばかにしたような態度からは想像もつかないが、彼女は叱ってくれているのだ。他でもない、この僕を。
「説教は……まあいい。何の気の迷いかは知らないが助けた手前、最後まで生きてもらわないとこっちとしては助け損だ。――いいか。そこから一歩も動くなよ。一歩でも動いたら命の保証はしない。つまりは――死ぬぞ」
 やけに物騒な言葉だったが、暗にそれは『そこから一歩も動かなければ死なせはしない』と言っているようだった。
 彼女は僕に釘を刺すと背を向け、手にした得物を天高く掲げる。
 死神を連想させる、禍々しくも彼女に似合った麗容な大鎌を。
 僕はその圧倒的な存在感に見とれる。少女のそれである華奢な体つきからは想像できない気迫が体中から漲っているのが分かる。
 彼女の気に反響されてか、先程までおとなしかった辺りの闇が一斉に蠢き始める。
「――いいぞ、かかってこい。片っ端から切り刻んでやる」
 そう言うと彼女は一目散に闇に踊りかかり、その死の象徴を暗黒へと振り下ろす。
 一閃。
 二閃。
 まるで舞踊でもしているかのように華麗で、動きに無駄がない。最高級の舞を見ているようで鳥肌が立つ。
 彼女が立っているのは人間の範疇には遠く及ばない、人知を越えた領域だ。それを目の当たりにしている僕は一体何者なのだろう。
 覚悟して飛び込んだはずなのに、僕が踏み込んだ世界はなんて遠い場所なのだろうか?
 月が夜を支配する神なら、彼女はあたかもその世界に君臨する王のようであった。
 僕みたいな一般人では話にならない、夢物語のような現実だ。
 彼女は身の丈の倍はあろうかという大鎌を器用に操り、押し寄せる黒い何かを薙ぎ払っている。その烈風たるや、二〇メートル離れている僕のところまで伝わってくる。
 彼女は鬼神の気迫で、僕では辿り着けそうもない領域で戦っている。
 おそらく、命を賭けて。
「僕は……」
 何をしにここまで来た?
 決心が歪む。決意が薄れる。覚悟の余韻が唐突に霧散する。
 何も僕は遊びにここまで来たんじゃない……!
 真実を知りたかったから。
 闇に埋もれた本当の意味を見出したかった。
 そのために危険を冒してこの場にいる。
「僕は……」
 迷っている自分に腹が立つ。
 何を踏みとどまっているのか、と。
 僕は何も、遊び半分の気持ちでこの場にいるわけではない!
「僕は……!」
 震える手足に喝をいれ、沈みかけていた心を奮い立たせる。
 僕には知りたいことがある。
 取り戻したいものもある。
 だから、こんなところで踏みとどまってはいられない。
 決意を新たにその一歩を踏み出す。


 それは、情けも容赦もない真実への第一歩。




……Next 第一夜 其の一 夜

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

月下の王 part1

 第一夜  其の一 夜


 夜の東京から人が消え始めたのは、話によると五年位前からになるらしい。
 最初は些細なことだった。
 東京都渋谷区内にあるみすぼらしいアパートのとある住人が、忽然と行方を晦ましたのだ。そこのアパートの大家は当初、失踪した住人は夜逃げをしたのだと自身で納得し、不審に思わなかった。それも当然、そこの住人は度が過ぎると形容していいほどの自己中心的な人間だったのだ。家賃を三ヶ月も滞納するくせに部屋の内装がボロすぎると大家にいちゃもんをつけ家賃を踏み倒そうとしたり、隣の部屋から少しでも物音がすると迷惑だと隣人室に怒鳴り込んで逆に不眠症にさせたり、新たに入居してきた住人に気に食わないという理由で散々嫌がらせをしたあげくアパートから追い出したりとどうしようもない人間だった。
 この惨状に頭を抱えていた大家は彼の失踪に一安心し、アパートのほかの住人たちも平和が戻ったと歓喜してさえいた。
 この時がすでに異常事態であるということに気づきもせずに。
 しばらくして、大家は掃除もかねて失踪した住人の部屋へと足を踏み込んだ。安価の家賃のため(付け足すと最寄りの駅まで徒歩二分という好条件)新しく入居を希望する者が増えたためだ。いつまでもほったらかしにするわけにはいくまいと、過去の住人に対する嫌悪感を滲ませながら大家は部屋へと踏み入った。

 彼の失踪に対する違和感に気づいたのはその時だった。
 足の踏み場もないほど散らかった床。
 炊事という言葉を知らないのかと思われるほど意味を成してない台所。
 彼の趣味なのか、気色が悪いとしか思えない壁に貼られたポスターの数々。
 主食なのかと思うほど散乱している酒とタバコの残りカス。
 以前覗いたときとまったく同じ光景がそこに広がっていた。
 人間が住んでいる部屋としては見るに耐えないが、彼の生活を十分に表現している。
 が、
 大家はその戦慄を隠せなかった。
 ――何かがオカシイ。
 長時間居たくないような気味の悪さを覚えたのは、この部屋があまりにも汚染されていたからではない。
 その部屋に異変らしい異変がなかったからである。
 部屋の中央に適当に置かれたちゃぶ台に目がいく。
 その上には空になった発泡酒の缶と、タバコの吸殻の山、そしてケース。
 嗜好品がなくなったため近くのコンビニに調達しに行っている。
 その途中で人がいなくなった部屋にしか見えないのである。
 とても夜逃げをした人間が残した部屋には思えない。
 その事実が、余計に大家の表情を強張らせる。
 深夜に(おそらくコンビニに行くのであろう)彼が部屋を後にしているのを他の住人が目撃していた。
 彼は一体どこに行ったのか?
 どこに消えてしまったのか?
 事態がさらに悪化したのはそれから一週間後のことだった。

 
 音という音が退去したかのような静けさの中、例のアパートの前に僕は立っていた。しかしアパートと呼ぶには早計過ぎる。そこはすでに廃墟なのだから。
「ここが始まりの場所と呼ばれる呪われたアパート……。最初の失踪からたった一ヶ月で住人の九割が姿を消したのだから、この有様もしかたがないか」
 夜の闇の中にそびえるそれは、とても以前は人が住んでいたような建物には見えなかった。不気味に佇む元アパートは月に照らされて、その異様さを倍増している。心霊スポットとして売り出せば人を呼ぶだろう。……この夜の中を来る度胸があるものがいればの話だが。
「危険ではすまされないからな。……ったく、僕も馬鹿だよな。無茶だと分かっているのに夜出歩くなんて、母さんにばれたらなんて言い訳すればいいんだ」
 僕は自嘲気味に独り言をこぼすと踵を返し、廃墟と化したアパートを後にした。


 このアパートでの一件以来、東京では奇妙な失踪が相次いだ。
 共通しているのは、深夜外に出た人間だけが姿を消すという不可解な事実。
 その他に巻き込まれている人たちの共通点が見当たらないという不可思議な現実だった。
 事件(か事故なのかも謎だが)に遭った(であろう)場所も様々だ。一応東京二十三区内だけのようだが、二十三区内全域でこの現象が報告されており、被害者数は百人とも二百人とも言われている。
 事を重く見た政府は警察の警備を厳重にし、自衛隊を出動させるまでに発展したがこれも逆効果だった。その肝心の自衛隊にまで失踪者が続出し、政府は警備網を解除せざるを得なくなった。
 民衆の間には様々な臆説が流れ、混乱が混乱を呼び荒れに荒れた時期もあった。
 新手の工作員による拉致事件だとか、現代に蘇った妖怪による人間狩りだとか、人の数だけの憶測だったが、行き着く先はみな同じだった。
 東京の夜の闇には、何かが潜んでいる。
 その得体の知れない『何か』は東京の夜に住み着き、蠢き、外に出歩く人間を消失させる。消失した人間がどこへ行くのかは分からない。生きているのか、死んでいるのかさえ分からないのだ。存在そのものが、世界から消失してしまう。その混沌とした『無』に恐怖を覚えない人間などいはしない。日が暮れると街からは人という人が姿を消し、安全である我が家へと引きこもる。深夜、外に出ようと思う人間が劇的に減少したのだから、二十四時間営業の店も少なくなった。警察でさえ夜間の警邏を自粛しているのだ。日本の首都である東京がどれだけ変わったのかは歴然だろう。
 いや、狂い始めたといったほうがいいのかもしれない。
 日本で一番活気があるはずの都市が、深夜になるとゴーストタウンのそれと近しい。西部劇に出てきそうな荒廃しきった街のように、夜の東京では『人』の存在感が希薄になる。元々の静寂さとあわせると、夜の東京がよりいっそう異界めいて見える。
 違う。ここはすでに異世界だ。
 ねっとりとした、まとわりつくような外気は十一月という肌寒さを忘れさせる。
 明かりが消えたせいでどこまでも深い闇は一種の麻薬で、理性という心の防御壁を麻痺させ恐怖への抵抗を無力化させている。
 闇に染まった視界は不安を駆り立て、先が見えない道は精神の安息を許してはくれない。
 この暗い道には果てがないかもしれない。
 そんな錯覚を抱かせてしまうほど、この闇はむき出しになった心を追い詰める。
 進める。進める。進める。進める。進める。進める、進める、進める、進める、進める、進める、進める、進める、進める、進める、進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める進める――――――――――――――――――――――――。
 それはもはや催眠ではなく洗脳だ。
 光へ向かっての前進ではなく、闇に魅入られての盲進なのだ。
 その先に待ち受けている『何か』へと、我々は知らず知らずのうちに導かれているのかもしれない。
 ――――――――――――消滅へと。
 この淀みなく進む足が自分の意志で動いているのかさえ自信が持てない。
 恐怖しているくせに、理性では危険だと分かっているはずなのに、体が言うことを聞かない。
 ――――――――消失へと。
 荒い呼吸で白く染まる息が、なぜだかとても非現実に思えてならない。
 そうじゃない。おかしくなっているのは現実ではない。
 自分自身だ。
 ――――消去へと。
 壊れかけていく自分に驚きを隠せない。
 侮っていたのかもしれない心の油断に、我ながら呆れてものも言えない。
 自分は何も、消されに来たわけではないのだから。
「――那生(なお)」
 それは、人付き合いが得意ではない自分にとって唯一の友人の名。
 そして、一週間前に姿を消した一人の少女の名。
 彼女がなぜ突然いなくなってしまったかは分からない。
 分からないからこそ、こうして夜の東京へと繰り出しているのだ。
 彼女がいなくなった原因はこの闇にあるはずなのだから……
「僕は……君が何を想い、何を考え、どういう理由でいなくなったのかは分からない。僕は友達だといいながら、君の事を理解できなかった自分自身に腹が立つ。今更になって君のことが知りたくなった自分の欲を醜いとさえ感じている」
 けど――、
「だからこそ、僕は君が消えた理由を知りたいんだ。この闇の正体を知りたいんだ。東京を狂わせ続けている闇。君はその正体に気づきかけていたんだろう? だからこそ、いなくなったんだ。僕に迷惑をかけないように。二度と日常には戻れないと覚悟しながら、それでいて僕には心配をかけさせまいと、君はいつもどおり僕に微笑みかけてくれたんだ」
 あの日、一週間前。彼女が消える前日、彼女の言葉を思い出す。
 ――もしも、もしもだよ。私が君の前から突然いなくなるようなことがあったとしても。
 何かを決意したような横顔。見慣れたはずのその笑顔が、僕はなぜか悲しく見えたのだ。
 ――君は君のままで、変わらずに毎日を過ごしてくれるかい? ――葉流(はる)。
 そう言って、君は僕の前から消えた。
 一週間前に。
「そんなこと、できるはずがないじゃないか! 君といる毎日が僕の日常だったんだ。君がいなくなった今、僕が以前と変わらずに生活できるわけがないんだ……!」
 洗脳されかけた理性を現実に戻し、ただ一人の友人を探して黒宮葉流(くろみや はる)は歩き出す。
 この先に那生へと続く道があるのだと信じて――。


「――!」
 悪寒が走る。突如として辺りの空気が変異したのだ。
 不気味な、吐き気がする闇から、おぞましいほど底のない泥沼のような闇に、
 世界が一変した。
「――あ、あ……」
 僕はその恐怖に耐え切れず疾走した。
 脇目も振らず、ただ闇から逃避するように夜の東京を駆ける。
 冬に至ろうとする肌寒さは、『何か』に監視されているような寒気となって容赦なく僕に突き刺さる。
 針で刺されているような生易しい苦痛ではない。
 槍で全身を穿たれているような激痛だ。
 小動物ならたやすく射殺せてしまえそうな視線。
 気配はしないのに、確かにそこにいる『何か』の視線を僕は感じていた。
「気味が悪いのを通り越して、目眩がするな。……これは」
 振り払おうにも執拗に追いかけてくるそれはいささか奇妙だった。
 追いかけているはずなのに、追いつこうとしていない。
 かといって、懸命に駆けている僕を決して逃がしてはくれないのだ。
 つかず離れずの距離を保っているこれは……。
「もしかして、誘導されている?」
 気づいたときには遅かった。
 静かだけれど人がいる住宅街を抜け、オフィス街をかわし、ポツリと穴を開けたそこは。
 深緑が人気を博している、やけに面積だけはある自然公園だった。
 昼間は子供からお年寄りまで幅広い年齢層が愛用している公園だが、夜に使用しているものなど皆無だ。特に失踪率が高い渋谷ならなおさら、今この場所に葉流以外の人間などいはしないし、そんな命知らずな人間は葉流以外にいるはずがなかった。
 完全に、ハメられた。
「ウソだよね……」
 なぜこうなるまで気がつけなかった?
 否。気がつけなかったのではない。
 追われているものに気がつかないように、『何か』は巧みに誘導していたのだ。
 姿が見えない『何か』の知能の高さに僕は戦慄した。
 逃げることしかできなかった僕より、相手が一枚も二枚も上手だった。
 それだけの話なのに、僕はその不可思議さの正体を探っていた。
「これは、一体……?」
 僕が思考の泥沼にはまっていたその時、『何か』は正体を現した。
 ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ――――――。
 這いずるような、引きずるような音と共に闇の中から姿を現したのは、それまた『闇』だった。
 しかし、夜の闇とは明らかに別物だった。
 ただ無限に広がっている無秩序な闇と違って、それは『個』という秩序を持った具現化した闇だ。黒い塊と表現したほうが分かりやすいだろう。スライムを漆黒に染め上げたような『闇』は形状を多様に変化させながら、より現実に依存するために『個』を明確にしていく。
 同じ闇色の中にいるはずなのに、『闇』は闇に霞むことなく『個』としてそこに存在している。それは背景としての闇の中に、存在としての形を持っているから。存在意義が異なるのだから、溶け込まないのは必然である。
 ズズズ――と、『闇』が完全に現界した時、僕の震えは最高潮に達していた。
「…………!」
 声すら出ない。
 アレから目が離せない。
 体は時が止まったように動かなくなり、かわって心音だけが時間の経過をリアルに教えてくれている。
 ……ドクン…………ドクン………………ドクン…………………………ドクン――――。
 五分だったかもしれないし、十分以上そうしていたかもしれない棒立ちは、『闇』の消失によって唐突に終わりを告げた。
「な――!」
『闇』が消えた。
 違う。僕の真上へと跳躍しただけだ。
『闇』が空に浮かぶ月と重なる。
 月光が『闇』を透かし、僕に警告していた。
 避けろ――と。
「うわっ!」
 僕は凝固していた体を無理やりひねると、勢いに任せて後方へと飛びのいた。
「つあっ……!」
 慣れない行動に着地が上手くいかず、尻餅をついてしまった。
 痛む体を無視して、僕はその物体を直視した。
「――――」
 そこにいる『闇』からは何も感じられなかった。
 敵意も殺意も悪意も、些細な感情の変化すら感じられない、虚無の塊。
 闇なのだからそれも当たり前なのかもしれない。
 しかし、最低でも僕には、何も感じられない『闇』に違和感を覚えたのだ。
 ユラユラ揺れる『闇』は、再び僕へと飛び掛ろうとする。
 消される――。
 ――即座に直感した。
 夜の東京からは人が消える。
 その原因こそが、この『闇』だったのだ。
 なぜこんなものが存在しているのかは分からない。
 が、人が消失したのは『闇』によるものだと、僕はその肌で感じ取っていた。
 消される。
『闇』が行動に出れば、非力な僕などあっさりと無にできるだろう。
 消される。
 そんなことがあってたまるか……!
 僕は何も、自ら消されにやってきたわけではない。
 意味もなく危険な場所に足を踏み入れたわけではない!
「那生」
 友人である少女の後姿が目に浮かぶ。
 彼女を探すと決めた。
 彼女が見つけ出そうとしていた物に、たどり着いて見せると決意した。
 その決意を――、
「消すわけにはいかない!」
 すぐさま横に跳躍した。
『闇』の突進を辛くもかわしたが、僕の眼には別のものが映りこんできた。
「おい、ウソだろ……!」
 横に避けた先にいたのは、今しがた僕に突進してきた『闇』とは別の『闇』
 二体目がいたのか――。
 間に合わない。
 二体目は間抜けにも自分に飛び込んでくる僕を待ち受けていた。
 まずい――!
 このままでは『闇』と正面衝突してしまう。だが、体重を乗せて跳んだ手前体勢が傾いていて急な方向転換ができない。
「僕は――」
 消されてしまうのか?
 こんなにも簡単に、取りとめもない話のように、無価値に、何もしないまま。
 大切な人の足跡すらたどれずに。
「――――」

 僕は一瞬眼を瞑ってしまった。
 恐怖からだろう。自分が消されようとする瞬間を見ないように眼を瞑った。
 しかし何も起きない。
 消されるのだから、痛いとか苦しいとかはないのかもしれないが、これはあまりにも静か過ぎた。
「――オマエ、何をボーっとしている」
 柔らかな、しかし荒々しい声が聞こえた。
「――え?」
 僕はいつの間にか地面にひざまずいていた。
 顔を上げる。

 最初に眼に入ったのは禍々しいばかりの光を放つ、死神が持っていそうな大鎌。
 が、それよりも鮮烈だったのは大鎌を持つ少女の顔だった。
 絵画のようなまとまった顔立ち。
 綺麗な部品が集まったのではなく、一つの美として体現したような顔だった。
 鋭い目つきも、引き締まった唇も、絹のようにしなやかな肩までの髪も。
 すべてが彼女のためだけに用意された代物のように思えた。
 思わず見とれる。

 
 月の綺麗な夜だった。
 夜の闇を照らす月の下。
 僕と彼女は出会った。




……Next 第一夜 追憶一

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

月下の王 part2

 第一夜 追憶一


 僕は小さい時から人付き合いが得意ではなかった。
 人と一緒にいるのが苦手だったわけではない。
 ただ、何となく居心地が悪かったのだ。
 ただそれだけのことだったけど、まだ思考が大人になりきっていない思春期の子供にとっては大きな障害となる。
 些細な出来事でも人はすれ違い、反発しあい、最後には離れていってしまう。
 それが僕には耐えられなかったのだ。
 人との繋がりが愛おしいからこそ、その繋がりが絶たれるのが怖くて弱気になってしまう。
 自分が傷つくのが、他人を傷つけるのが恐ろしいから、人と関わるのに戸惑いを感じてしまう。
 『友達』は中学のときもたくさんいた。
 でも、それだけ。
 『親友』と呼べる者はいないに等しかった。
 『友達』と『親友』との差がその『繋がり』の大きさだったとしたら、確かに僕に親友はいなかった。心から許しあっている、本当の意味での友人に僕は出会っていなかった。
 それも当然だ。
 人と関わろうとするときつい警戒してしまう僕相手に、心を許してくれる者はいないだろう。
 ただそれだけの話だった。
 人との繋がりが欲しい。でも、繋がりを作るのが怖い。
 そんな矛盾を心の内に隠しながら、僕は高校へと入学した。
 僕が選んだのは、どこにでもありそうな無難すぎるほど特徴のない私立校。
 希望や期待といった初々しい心を僕は持っていなかった。
 冷めている、と言われてしまえばそれまでだろう。
 何の夢も持たず、半分諦めていた僕にとって高校など通過するだけのトンネルと同じだ。ただ周りに流されて、たいした価値観も見出せずに進学した僕は空っぽだった。
 僕は何をしたいがために高校に進学したのだろうか?
 内心は空虚で、どんな言葉もスカスカと素通りしてしまいそうだ。高校という通過点に何の意味も見当たらず、僕は少し悲しかった。平凡な日常を予想しつつ、一つでも楽しい事があったらいいと淡いキボウを抱いてしまう。青春なんて求めないが、この三年間を充実させたいとキタイに胸を膨らませる。
 そんな妄想を抱えて、僕は教室へと足を踏み入れた。
 言わずもがな、知らない人ばっかりだ。
 一から交友関係を築きあげるのは億劫だった。
 しかし、新しい環境に入ってまず始めにすることは友達作りだろう。
 決まりきったことをあえて考えてから僕は、とりあえず手身近なところからあたってみることにした。友達を作るのはさして難しくないのだ。第一印象がよければ問題ない。その後親しくしようが何しようがその人の勝手だ。前向きなのか後ろ向きなのかよく分からない考えの下、僕は自分の席の後ろに眼をやった。
「――――」
 とたん僕は言葉を失った。
 それは、物静かに読書をしていた彼女の姿があまりにも綺麗だったからだろう。
 教室という孤立した空間にひっそりと咲きほこっている一輪の花。
 目立たないまでも、僕を釘付けにする独特の雰囲気。
 見るからに美人なのだが、数多の男たちを虜にさせる麻薬的な華麗さとはどこか違った。
 長い黒髪をカチューシャで軽く止め、椅子の背もたれから流している。
 整った顔立ちからは化粧の色が見えない。
 化粧に興味がないわけではないだろう。
 ――する必要がないのだ。
 すでに完成された作品に下手に手入れすると全体の完成度が崩れてしまうように、女性にしては凛々しい表情の彼女にとって化粧は不要の代物だった。
「ん――?」
 僕の視線に気づいたのか、読書中だった彼女は本を閉じると僕を見つめ返した。
「あ――ごめん。読書の邪魔だった?」
 僕はうろたえた。女の子をまじまじと見ていた気恥ずかしさもあいまって、僕の顔はリンゴのように赤かっただろう。それだけ、僕が彼女に見とれていたわけだが。
「いや――」
 そんな僕が面白かったのか、彼女は穏やかな笑みを浮かべると僕の問いを否定した。
「そんなことはないよ。私にとっての読書は教養を得るためのものではなくて、ただの暇つぶしの娯楽だからね。無理に時間を設ける必要はないし、むしろ君のように話しかけてくれる人がいると助かる。――どうも私は、昔から人に話しかけるのが得意ではないらしい」
 どこか男っぽい口調だったが、僕が気になったのはそのことじゃない。
 ―――この人は、どこか僕に似ている。
 そう、確信した。
 容姿や性格の話ではない。『人』の根底として、僕と彼女は似ていたのだ。
「でも、本って元々そのためにあるものじゃないかな? 教科書だって専門書だって、知識を得るために存在しているようなものだし」
 その確信を表に出さないためか、僕はどうでもいいようなことに反発した。
 僕の反論に気を悪くしたようでもない彼女は、むしろ優しい表情で『そうだね――』と始めた。
「確かに、本から得られるものは大きい。世界中にある本を無限に読み続けることができるならば、人はそこから多大な知識を得られるだろう。――でもね、それまでなんだ。いくら知識を得ようが、そこから先に発展しなければ知識としての価値がない。知識はね、収集するものではなくて、活用するものなんだ」
 そう話す彼女は僕の眼を見ているのに、どこか遠くを見つめているようだった。
「ふうん」
 話半分に聞いていた僕は、このときになって重大なことに気がついた。
 僕はまだ、彼女の名前を知らないじゃないか。
 ごそごそとプリントにされた名簿を取り出すと、出席番号順に配置された席と照らし合わせて彼女の名前を探した。
「黒宮の後で――斉藤のまえだから……えーと……」
「彩川だよ。彩川那生(さいかわ なお)。そういう君は、黒宮……なんて言うんだい?」
「…………」
 僕は自分の名前があまり好きではなかった。親からもらった名前なので、あからさまに嫌いというわけではないが、……なんだか、こういう他人に自分の名前を教える時がものすごく恥ずかしいのだ。
「……ハルって読むんだ。変わっているだろう?」
「そうだね。私もこういう当て字を見るのは生まれて初めてだ。『春』と同じ響きで、葉っぱが流れると書くのか。――うん。いい名前だね」
「――!」
 こっちとしても、名前を褒められたのは生まれて初めてだった。
「そうかな? 僕としては恥ずかしいだけだけど……。よく名前と当てはめて、『お前は流されやすい』って言われるけど」
 そんなことはない――、と彼女は言う。
「名前は、その人にとって重要な『証明』なんだ。何も恥じることはない。――それに、不思議な響きがあっていい名じゃないか。『流れる』と書くと水をイメージするが、これはそれと違う気がする。水の流れ、ではなく風の流れ。といった感じかな」
 何が面白いのか、彼女はそう言うと納得したように何度も頷いた。
「どうしたの?」
「いや、ただの独り言だよ。…………ハル、か。確かに、不思議な余韻を持つ名だ。もしかしたら、私と同じで『素質』があるのかもしれないな。『―――』としての……」
 本当に独り言だったので、最後のほうは聞き取れなかった。急に真剣な表情になったことからも、何か大切なことを言っているのだと分かる。しかしこのときの僕には、それが大切なことだとは気がつかなかった。
 しばらく考え事をしていた彼女は、思い出したように顔を上げるとおもむろに手を出してきた。
「――?」
 僕が怪訝な表情をしていると、彼女は諭すように言った。
「握手だよ。お互い自己紹介をするんだ。これぐらい当たり前だろう?」
 いまどき高校生が自己紹介のときに握手をするだろうか? と思いつつ、手を出さないのも失礼かと思い、僕も手を出した。
「あらためてよろしく。私は彩川那生。どうせだから、那生と呼んでくれ。私も君のことを葉流と呼ぶことにするよ。――どうやら、私は君のことを気に入ったようだ」
「え――?」
 心が揺れた。気に入った、なんて予想もしてなかった言葉だ。初対面でいきなり気に入られるなんてそうそうない。名前を教えただけなのに、彼女は僕のことを受け入れたというのか?
 ありえない……。
「おや? そう驚かないでくれよ。今言ったことは本心から出てきた言葉で、他意はないからね」
 彼女の微笑みは、汚れを知らないかのように澄んだものだった。

 彼女は僕のことを『気に入った』と言った。
 僕には理解のできない言葉。
 けど、彼女は本当のことを言っている。
 数回しか交わされていない会話で、彼女は僕を受け入れたのだ。
 理由は分からない。
 この場合、理由はあまり関係ないのかもしれない。
 彼女は僕のことを受け入れた。
 なら、僕も彼女のことを受け入れようじゃないか。
 損得勘定抜きの、彼女の微笑みのように。

 僕は彼女の手をとる。
「ああ、よろしく。僕は黒宮葉流。那生、って呼んでいいんだろ?」
 僕も微笑み返す。
 人前で笑顔を作ったことなんてあまりなかったけど。
 この時は、自然に笑えたような気がする。
「もちろん」


 こうして僕らは出会った。
 今年の春の出来事。
 十月の終わり、彼女こと彩川那生が失踪する半年前の出来事だった。




……Next 第一夜 其の二 舞う月 

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

月下の王 part3

 第一夜  其の二 舞う月


 僕の時間は止まっていた。
 かろうじて分かるのは、月の明るさと眼前に立つ少女の姿。
 そのどちらもが現実味のない輝きを放ち、僕を見下ろしている。
 ――まるで夢を見ているみたいだ。
 それは冗談のキツい悪い夢。
 悪夢にうなされる僕は冷や汗をかき、呼吸はひどく荒い。心臓は破裂してしまいそうなほど高鳴り、ドクドクと内側から僕を叩いている。こんなの、中学のときのマラソン大会以来か、それ以上だ。
 これは現実か、はたまたタチの悪い幻想なのか。
 いまさら幻想に逃げるつもりはない。現実を確かめるために来たのに、幻想に逃げるなんてナンセンスだ。ありえない現実を受け止めるぐらいの器量はあるつもりだから。
「――おい、オマエ」
 声がする。
 女性というよりは幼く、しかし尊厳に満ちた声だった。
 僕をまどろみから目覚めさせた声は、頭上からする。
 月が語りかけてきたわけはないだろう。無論、少女のほうだ。
「こんなトコで何をしている? 子供は寝る時間だ。家に帰ってさっさと寝てろ」
 ――君も子供じゃないか、とはさすがに言えなかった。それは少女の気迫に蹴落とされていたからではない。冗談を言う余裕がなかったからだ。彼女が助けてくれなければ、黒宮葉流は確実に消されていた。いや、冗談抜きで消えかけた。むしろ消されなかったのが嘘みたいで心の整理ができていないのだ。
「――まったく。最近は闇の使徒の活動が活発だというのに、さらにはこうして仕事の邪魔をする輩も増えてきている。どうしようもなく病んだ都市になったものだな、東京というところは」
「――闇の、使徒?」
 聞きなれない単語に反射的に聞き返してしまった。少女は明らかに『説明が面倒だな』という顔をすると、手に持った大鎌でソレを指した。
「見えるだろう? さっきまでオマエがやられていたヤツだ」
 それは――、
「あ――」
 文字通り、僕にとっての悪夢だった。
《――闇の使徒。それは闇に棲み、闇に蠢き、人を捕らえる異形なる闇》
 実感する。僕はさっきまでアンナものとやりあっていたというのか?
《奴の正体についてはまったくの謎》
 再び体が震えだす。悪い夢にうなされるように、その恐怖に怯えるように。
《誕生起源、行動目的、存在理由、思想概念、そのすべてが謎》
 自己の消滅。突然僕に告げられた姿なき恐怖。
《分かっていることは、アレは深夜に活動し、無防備な人間を襲い、消滅させる――》
 戦場でしか味わえない、死線という名のリアルな境界線。そこに僕は立っていた。
《――人間の敵だ》

「――おい! 聞いているのか!?」
 頭上から声がする。へたり込んでいた僕に、少女が怒鳴り声を上げたのだ。
「聞いてきたのはオマエだろ? わざわざあたしが説明してるのに、聞かないなんて何様だ! ……それに、助けてもらった命の恩人に、礼の一つもないというのはどういうことだ?」
 少女は相当怒っているようだ。わがままの通らない子供のように腕を振り回しているのは実に可愛らしいが、少女が言っていることはもっともだ。どうやら僕は、あまりの現実に当たり前のことも失念していたらしい。
「あ、ありがとう……」
 僕が遅すぎる礼を言うと、少女はすねたように顔を背けた。
「――ふん! 催促しての礼など、道端で拾ったお守りよりもありがたみがない。つまりは、微塵もうれしくなんかない!」
 どっちだよ、と内心ツッコんでみた。嬉しくないとは言いつつも、やはり嬉しいのか顔が微妙に赤くなっている。この少女はどうも素直じゃないらしい。
「でも、助けてくれたのは事実だ。だから、ありがとう」
 再度礼を言うと少女は『うぐっ』と奇妙な声を上げ、狼狽した。この少女は素直じゃないだけでなく、人からの感謝への耐性もないらしい。いったいどういう生活を送っているのやら。
 ひとしきり慌てふためいていると自分の役目を思い出したのか、『こほん』というわざとらしい咳払いをして少女は顔を引き締めた。
 感情をかなぐり捨てた、真剣な表情に。
「あたしは自分の使命を全うしているだけだ。闇の使徒を倒すのがあたしの使命。オマエを助けたのはそのついで。おかしのオマケだな」
「む――」
 人間としてのぞんざいな扱いにカッとなりかけた僕だが、少女の眼差しに気づくと普段の冷静な自分に戻れた。
「――それに、目の前で人が消されるのは、もうイヤだからな」
 その眼差しに内包されているのは、闇の使徒に対する怒りであり、辛い過去を思い出しているような冷たい、痛いほど冷たい悲しみだった。
「三日月――!」
 三日月を模した大鎌を構えると、凛とした姿でソレらと対峙する。今までの会話などなかったかのようにその態度は豹変し、口の悪い横暴そうな少女から、死神のような無情な少女へと様変わりしたのだ。
「そこから一歩も動くなよ。――一歩でも動いたら、命の補償はしない!」
 ダン! と大きく踏み込むと、少女は前進のバネを利用し闇の使徒へと急接近する。
 二〇メートルあった両者の距離を、ものの二、三秒でゼロにする少女の身体能力に僕は唖然となった。とても人間業とは思えない身のこなしに、ただただ驚くばかり。元から人間離れした神秘さを放つ少女だったが、戦闘となるとそれが一段と際立っている。今あの場で戦っている少女は一人前の戦士のように、勇敢で物怖じしていない。たった一瞬で勝負が分かれる彼女たちの戦場では、そのたった一瞬が勝機にも命取りにもなることが分かっているのだ。
「はっ!」
 少女の細腕では持ち上げることすら不可能なはずの大きな鎌を軽々と、あたかも果物ナイフのように器用に操っている少女は上質な舞を踊っているようで、幻想的だった。僕にとっては絶望的な存在だった闇の使徒を、ハムのスライスみたくあっけなく切り刻んでいく。少女の周りに五、六体の闇の使徒が取り囲んでいようと、形勢はまだまだ少女のほうに分があるようだ。
「ああ、もう! 鬱陶しい!」
 しかしいくら少女のほうに分があっても、こうまで密着された状態では存分に鎌を振るえない。
 嫌気が差したのか三日月を片手持ちから両手持ちに変えると、囲まれているのを利用し円形に一閃させる。
 だが、闇の使徒の全員がその斬撃すらもよけていた。
「それでいい――」
 少女から闇の使徒まで五メートルの猶予。それは、少女にとって最上の間合いだった。
 勝利の笑みを浮かべると、三日月を地面に深々と突き刺し、叫んだ。
「目覚めろ三日月! 天地切り裂き、敵を葬り去れ!!」
 少女から放射状に、何かの力が発せられた。
 見えざる何かは一瞬にして闇の使徒を捕らえると、瞬く間にやつらを切り刻み跡形もなく消し去ってしまった。
 後には、大鎌とその所有者のみを残して。

 ……………………。
 ……終わった。
 少女の戦いはたった今終わりを告げた。
 黒宮葉流は、それをただ見ていただけだ。
 葉流は何もしていない。むしろ、足手まといだっただろう。
「ああ……」
 覚悟していたなんてまったくのでたらめだった。
「ここが、僕のいる世界?」
 生半可な覚悟ではいけないと分かっていた。しかし、その覚悟ではまだ足りないのだ。
 ここは一切の常識が通用しない異世界だ。『夜』という特異な空間を跋扈する闇の使徒なる者たち。そして、それらと戦う少女。空想めいた出来事は現実というくくりの中で行われ、こうして僕の眼前で決着がついた。生きている心地がしないのは、理性が現実を否定しているからではない。少女と闇の使徒の死闘というものを目の当たりした僕が、いまだ夢見心地だからだ。僕が見ているのは、現実という名の悪夢なのかもしれない。
「三日月……」
 少女が短く唱えると、物騒な大鎌は途端に姿を消した。
 手品のような可憐で機敏な彼女の動作に、僕は半ば陶酔したかのように見惚れていた。
「……なんだ、オマエ。まだいたのか?」
 緊張から開放されたのか、安堵の表情の少女は、情けなく地べたに座っている僕を見てそんな事を言った。
「そこを動くなと言ったのは誰だよ……」
 僕も思わず安堵の息を漏らしてしまう。助けられた身でどうこう言える立場ではなかったが、彼女の威圧的な雰囲気が解けると、自然に表情が柔らかくなってくる。
「それも、そうだな」
 彼女は納得したように頭を掻くと、再度僕をいぶかしむような眼で睨みつけてきた。
「そういえば、オマエ。なぜにこんな夜更けに出歩いていた? 現在の東京が、どれほど危険か分からないわけではないだろ。大人でさえ夜間の外出を敬遠しているというのに、お前と言ったらどういう了見だ?」
 実に当然と言える疑問を殺気立たせて聞く少女。確かに今夜の僕の行動は軽率だったかもしれない。僕の失態を咎めているのが少女であるという事実を除いては、一応は筋が通っている。
「……」
「――黙秘か。それでもいい。あたしにオマエの事情を無理に聞く権利はない。言いたくないなら言う必要はない。……ただ、これにこりたら、金輪際夜間の外出を控えるべきだな。せっかく拾った命だ。無駄にだけはしないようにな」
 彼女は僕に背を向けると、何もなかったようにその場を後にしようとした。
 その触れられないほどの孤独に満ちた背中を――
「一週間前、僕の友達が姿を消したんだ」
 僕は胸の内を打ち明けるようにして呼び止めた。
「……」
 少女の足が止まる。こちらに振り向くことなく、僕に背を向けた状態で聞いていた。
「彼女は女の子だったけど、僕にとっては、生まれて初めてできた『友達』だったんだ」
 そんな事を赤の他人に話すのは気恥ずかしかったけど、なぜか言葉は自然と口から出てきた。
「彼女は頭が良くて、誰もが考えもしないようなことを、誰よりも真剣に考える人だった。僕はそんな絵空事みたいな彼女の話を聞くのが大好きだったし、彼女と一緒にいる時間はかけがえのない大切な時間だった」
 彼女がいない今になって気がついた。
 何の期待もしていなかった高校生活。
 そこに『楽しさ』を与えてくれた人。
 思い出と呼べる出来事には必ず、彼女の存在が居たということに。
「彼女は東京の異変についても考えていたと思う。なぜ東京がおかしくなったのか。東京の『夜』に何が潜んでいるのか。そして――その先の真実についても、見当がついていたんだと思う」
「――何だと!?」
 驚愕したのか、急に振りかえって僕に掴みかかる少女。憎悪のこもった眼光で射抜いてくる。
「詳しく話を聞かせろっ! その友達は、闇の使徒の正体を知っているのか! 奴らのことについて、オマエに何か言ってなかったのか!?」
 強く握れば折れてしまいそうな細腕で、万力のような力で僕を締め上げてくる。このままでは僕が窒息してしまう。そんなに強く襟元を掴まないでほしい。
「彼女は僕に何も話してはくれなかったんだ! 僕が彼女の異変に気づいた時には、行方を晦ました後だったから!」
 それが悔やまれてならない。
 那生は僕に、相談の一つもしてはくれなかった。そんなに頼りがいのある人間だとは思ってはいないけど、相談くらいならのってあげたのに。
「……そう、か……」
 掴んでいた襟元から手を離し、しぼむような力のない声で肩を落とす少女。相当ショックだったのだろうか、あの力強い印象が、今はか弱い少女のそれだった。
「彼女は僕を危険な目にあわせないようにわざと話さなかったんだ。もし僕に話していたら、どんな形であろうと僕に危害が及ぶだろうと、知っていたから。それでも、夜の東京について考えていた彼女は明らかに何か知っていそうな感じで、僕にそのことを隠していた。僕は彼女のそんな態度を心配しながら、半年もの間ほおっておいたんだ」
 僕は自分自身に憤っていた。
 何で相談してくれなかったんだろうという一方的な上から目線で、僕自身が彼女の心の内に踏み込むことをためらっていた。そこから先はタブーだと勝手に縛りをつけて、彼女に手を伸ばしかけた状態で放置していたのだ。僕が彼女に手が届かなかったのは当然だ。少なからず、僕の心には迷いがあった。彼女が見ている世界に踏み出す勇気がなかったから、こうして僕の世界から彼女を失うハメになっている。
「だから僕は、那生を探しているんだ。彼女が見ていた世界を知るために。彼女が見出そうとしていた――真実にたどり着くために」
 もう手遅れかもしれない。
 那生にはもう会えないかもしれない。
 そんな不安が胸中を暗くしても、何もやらないよりはましだと思った。
 今まで何もできなかったからではなく……しなかったから。
 何もできやしないと決め付けていた自分を変えるために、歩き出そうと決意した。
 闇にばかり魅入られずに光を見出せば、きっと彼女にたどり着けると信じているから。
「……愚かしい奴だ。自分ではどうしようもないことと知っていながら、それでも手を出そうとする愚行。愚かしい上に、救いようがない。あたしが助けてやったのも無意味にする気なの?」
 お願いだから手を引いてくれと懇願するような眼差しに、心がわずかに動揺しかけた。
 僕だって、それが客観的に見ても妥当だと言うことは分かっている。
 でもね。どうしても、僕がやらなければならないことだと思うんだ。
 那生に言ったら笑われるか、たしなめられるか。その表情は思い浮かぶけど、今の僕の周りには、彼女の存在はない。いなくなってしまった。それだけは、確かなんだ。
「闇の使徒、だっけ。確かに僕では、あんなのと渡り合うだけの力がない。それでも……それでも、彼女を探すということだけは、僕がやらなきゃいけないんだ」
 あの楽しかった日常を取り戻したい。
 那生とまた話がしたい。
 彼女の顔が見たい。
 この想いは、彼女がいなくなってより強い感情として僕を支えてくれる。
 それだけでどうにかなるとは思わないが、この大地に立っているぐらいの力にはなると思うんだ。それが、那生が僕に与えてくれたものだから。
「……それが、オマエの答えなのだな」
 少女は冷たい視線から、どこか懐かしむような目つきで僕を見た。
「あたしと同じだ。どうしようもない現実を突きつけられて、それでもなお抗おうと苦心する。その先により過酷な現実が待っていたとしても、オマエは耐えられるんだろうな」
 彼女が見ているのは僕ではなく、深遠に続くあたりの深い闇だ。
 それが僕の進む道なのだろう。
 道しるべなどない。明かりなどない。ともに歩いてくれる友もいない。
 こんな険しい道のりでも、僕は進まなければならないのか。
 それが、現実なのだ。
「それでも、意志は変わらぬのだな」
 少女は嘆息した。あきらめと、覚悟を決めたようなため息を。
「ごめん。君に助けてもらったのに、君の忠告を無視するようなことをして」
「自分で決めたことなんだろう。それなら、何があろうと自分の意志を貫くくらいの覚悟がなきゃだめだ」
 少女が僕の前へと立つ。おもむろに、だが確かに、僕に手を差し出した。
「オマエは人の話を聞きそうにないからな。また夜間に出歩いて、闇の使徒に襲われでもしたら困る。オマエの目的が果たされるまでは、あたしが協力してやらないこともない」
 那生と初めて会った日と光景がかぶる。
「あたしの名前は朔夜(さくや)だ。オマエの名前は?」
 ああ、そうだ。あの日もこんな感じだった。
「僕の名前は黒宮葉流。よろしくね、朔夜」
「な、な、なれなれしくするな! あたしはオマエを認めたわけじゃないんだぞ!?」
「オマエじゃなくて、葉流って呼んでよ。それに、『朔夜』って良い名前じゃないか」
「うぐ……。す、好きにしろ。あたしも、勝手に呼ぶから」
「ああ。そうさせてもらうよ」
 あの日と似た光景。
 でも、確かに違う新たな一歩。
「改めまして。よろしく、朔夜」
「おま……葉流の目的が片付くまでだけどな」
 でも、確かにこの瞬間だけは、二人の心が重なったはずだ。
 握手という形で、僕らは同じ道を歩むことを決めたんだ。
 道しるべがなくても、足元を照らす明かりがなくても、僕らは迷わず進めるだろう。
 ともに歩む仲間さえいれば、僕らは歩いてゆけるんだから。

 こうして始まった、黒宮葉流の長い旅。
 大切な人と闇の真実を探す長い旅。
 今はまだ手探り状態だけど、不安なんてない。
 だって、僕には手をつないで歩く仲間がいるんだから。




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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

月下の王 part4

 第一夜 追憶二


 夏を先取りしたかのような五月の陽気は、人も大地も平等に熱していた。
 しかし、照りつける初夏の日差しは、それほど苦痛ではなかった。
 まだ夏服に移行していないとはいえ、湿度はそれほどでもない。気温はうなぎのぼりだったが、不快指数は上昇していなかった。
 それでも普段の僕だったならば、誰しもが見過ごしてしまいそうな日々の差異にわずらわしさを感じていたかもしれない。普通の人ならば気にも留めない道の凹凸が、僕にはとても億劫なものだった。
 諸行無常という言葉もあるが、世界は常に変化している。自然も社会も人の心でさえも、変わらないものなんて何一つない。僕はその変化についていけなかった。それは僕が人より不器用だったからか、適応能力がなかったからか。理由はどうであれ、僕は他人よりも足が遅い。いつかその変化においてかれやしないか怖かったのだ。だから、人とかかわるのに後ろ向きだったのかもしれない。
 今はそう思っている。
 そう冷静に自分を客観視している自分に気がついて、正直驚いていた。
 それは、この僕も変わったということだろうか。
 人はそう簡単に変われるものなのだろうか。
 あれほど臆病だった僕が、こうして他人と普通に話をしているなんて。

「暑いね」
「ああ、暑い。今日は七月上旬の陽気らしいから」
 大した意味のない、友達との世間話。それが僕には心地よかった。それは知らず知らずのうちに、僕が心のどこかで待ち望んでいたことなのかもしれない。その幸福な時間を僕は満喫していた。
 陽も高くなった学校の昼休み。僕は屋上で風に吹かれながら町の情景を見下ろしていた。隣にはもはや日常となった友達の那生の姿がある。昼食も食べ終わってやることもなくなった午後の授業までの残り時間を、僕は那生との他愛もない会話に費やしていた。五月とは思えない日中の暑さに、いつの間にか汗ばんできた。それも気にならなくなるくらい那生との会話に夢中になっていたのか、意図しなくても自然と口から言葉が出てきた。
「早く夏服になるといいのにね」
「衣替えまであと一週間だから、もう少しの辛抱だよ」
 容赦なく日光を浴びせてくる太陽を恨めしそうに仰ぎ見ながら軽く嘆息した僕に、那生は朗らかに笑いかけた。まだ本番でもない暑さに負けそうになっている僕とは対照的に、那生の表情はとても涼やかだった。
「そうは言っても……那生はそんなに暑そうじゃないよね?」
「そんなことはないよ? ……それでもまあ、人よりは暑さに対して耐性はあるかな」
 那生の透き通るような黒髪が、緩やかに吹く微風によって優雅に揺れた。確かに、那生のそばに居るとほかよりは涼しいような気がする。学校の屋上というセットでも、避暑地のお嬢様のような貫禄が那生にはある。穏やかな表情で外の世界を眺めていた那生に、僕は見とれていた。
 そのときの僕は、たとえようも無い幸福感で満ちていた。
 殺風景な屋上で、那生と二人きり。
 その隔離された空間で、自由気ままな取りとめの無い談笑。
 永遠に続くかのような、しかし退屈ではない平穏のひと時。
 ただ流れていくだけの、過ぎていくだけの時間の中で、どれだけの幸福があっただろうか。
 小さすぎてわからないくらいの、些細過ぎて気にしないくらいの。
 ささやかな、それでいて大切な、今まで夢見ていたけれど、決して手に入れることの無かった幸せの在りか。記憶するだけの出来事じゃなくても、記録するだけ重要じゃなくても、確かにそこにあるという実感だけは、いつも僕の心の中にある。
 わざわざ口にするまでもない。
 わざわざ形にする必要もない。
 僕がここにいて、隣には那生がいる。
 その事実以上の意味なんて存在しないし、意味を与えてやる必要もない。
 それがどれだけかけがえのないものかは、考えるまでもなく分かっている。
 今まで知らなかった世界を見せてくれた。
 今まで知らなかった感情を教えてくれた。
 四月から始まった新しい環境は未知の体験の連続で、僕はついていくのがやっとだった。
 とにかく那生と一緒にいると、退屈しない。
 時には笑い、時には驚き、僕は子供のように、移りゆく世界を純粋に楽しんでいた。
 いつまでもその幸福が続けばいいと思った。
 この幸福がいつまでも続くものだと思っていた。
 根拠なんてない。
 それが当然だと思っていたからだ。
 学園生活はまだまだ続く。明日のことすら分からないのに、二年以上先の話なんて想像できるだろうか。僕は今を楽しんでいる。それでいいじゃないか。今日より明日が良い日であるかはわからない。それでも、明日も今日にように笑いあえたらいい。
 そう思っていた。
「……どうしたんだい、葉流?」
「――な、なに!?」
 那生がいつの間にか僕のほうに向いていた。心配そうな表情で、上目遣いで僕を見つめていた。
 心臓が跳ねた。
 互いの顔が近い。
吐息の音が聞こえるほどの距離ではないが、それでも僕を動揺させるには十分だった。
「……どうしたって、何が?」
 自分を落ち着かせる意味でも、相手にそれを悟られないためにも、僕は声をできるだけ抑えて言った。少しでも声が上ずれば、すぐさま那生に僕の心境を看破されるだろう。それがなんだか恥ずかしかった。それともなぜ、僕は那生に対してこれほどまでに注意しているのだろうか。そっちの感情のほうがよっぽど不可解だった。
「ん、大したことじゃないんだけどね……」
 那生は困ったように微笑んだ。あるいは、苦笑したのか。今の僕には分からない。今の僕には、自分の心境すら正しく理解できない。那生は理解できるのだろうか。だから、そんな曖昧な微笑を浮かべているのだろうか。
 それから那生は、常の凛々しい表情に戻った。僕を変に心配させないためか、その表情は暖かさで包まれていた。
「葉流がなんだか浮かない顔をしていたから……どうかしたのかなってね」
「え……?」
 僕はそんな顔をしていただろうか。自分では分からない。考えていたことがそのまま顔に出ていたのか。那生の察しがいいのか。微妙な空気が流れる中で、僕は必死に自問していた。
 その冷たくなった空気を、那生の無機質な声が裂いた。
「もしかしたら、私が気づかないうちに葉流の気に障るようなことを言ってたんじゃないかって。それとも、葉流は私と一緒に居ると楽しくないんじゃないかって思ったんだ」
「そ、そんなことないよ!」
 僕は柄にもなく大声で反論していた。僕は焦っていたのだろう。この関係が壊れることを。元いた僕一人だけの寂しい世界に戻ってしまうことを。
「本当かい?」
「ほ、本当だよ!」
 僕はこの居場所を失いたくない。こんなにも安らげる居場所など他にはない。僕と那生。その二人だけの空間を守れるならば、何を犠牲にしてもかまわないと思っていた。
 その一心で、僕は彼女の心を引きとめた。
 それがどれだけ身勝手な理由なのかを痛感しながら。
「……僕は那生と一緒にいる時間が一番楽しいんだ。他でもない、君といる時間が僕の幸せなんだ。今までこんな風に思ったことはなかった。こんなに何気ない会話の一つ一つがどれだけの意味を持っているかなんて、僕は知らなかった。那生に救われたんだ。僕は学園生活に何の期待もしていなかった。何の変化もない退屈な毎日を送るだけなんだって思っていた。でも、それは違った。」
 僕は何を言っているんだろう。これは一種の告白ではないのだろうか。それでも、僕は想いの丈を話すことをやめなかった。
「那生のおかげだよ。那生のおかげで、今では毎日が楽しいんだ。だから、那生の言っていることは違う。むしろ、お礼を言いたいくらいだよ。だから……」
「――もういいよ」
 那生の顔を見た。何か吹っ切れたような顔をしていた。
「ありがとう、そう言ってくれて。すまない、葉流。変なことを聞いて」
「別にいいよ」
 僕は那生から視線を反らさなかった。思い切ってあんなことを言ってしまったため恥ずかしかったが、那生から眼を離せなかった。眼を離してしまったら、那生を見失ってしまうかもしれない。そんな危機感を抱いてしまうくらい、今の那生は霞んで見えたのだ。
「私は葉流に嫌われることを恐れていたんだ。私も葉流と同じくらい、この居場所が大切だから。失いたくないから、変な気を使っていたのかもしれない。私はどうも、人と関わるのが苦手でね。始めはどう接していいか分からなかった。今まで私は一人だったから、人との付き合い方なんて分からない。それでも、葉流となら波長が合うんだ。葉流の隣だったら、いつもの私でいられると思うんだ。他の人だと、私に気を使ってしまうから、私もいつもの私で接することができない。……君ぐらいだよ、葉流。私と対等に話ができる人間なんて」
 僕は始め、那生は僕とどこか似ていると直感した。
 その理由がようやく分かった。
 人付き合いが苦手なこと。
 集団の中にいても疎外感を抱くこと。
 自分は一人ぼっちだと思っていたこと。
 それが嫌だと分かっていても、どうすることもできなかったこと。
 全て同じだ。
 僕らは互いに何かが欠けていた。
 塞がらない穴が空いていた。
 それを実感しつつも、穴が空いたままで放置していた。
 穴からは隙間風が入ってくる。
 その冷たさに耐えつつも、どこかに諦めがあったんだと思う。
 自分は変われない、と。
 無理に誰かと関わってお互い傷つくよりは、初めから関わりあいにならないほうがいいと。
 そう思っていたのだろう。
 それがどれだけ悲しい感情であるかも、当然分かっていたはずだ。
 それでもなお、心のどこかでは待っていた。
 いつの日か、自分と波長の合う人と出会えるのではないのかと。
 心のどこかでは期待していたのではないのだろうか。
 それが、叶ったんだ。
 僕と那生は欠けていた。
 それでも、二人ならば穴も塞がる。
 那生と一緒なら、どんなことでもできるんじゃないかって思うんだ。
「僕は、那生と出会えて嬉しいよ」
「ああ、私もだよ」
 那生の頬を何かが伝ったような気がした。
 それは涙だったのだろうか。
 那生がすぐに僕から顔をそらしてしまったため、その正体は分からなかった。
「空が綺麗だね」
「……そうだね」
 僕はそれに気づかなかった振りをして、那生とともに大空を仰ぎ見る。
 この大空には果てがないけど、那生とならどこにでも行けそうな気がした。

 僕は確かに変わり始めていた。
 那生と二人で、少しずつ。
 終わりなんて見えないけど。
 まだ歩き始めたばかりだけど。
 那生と一緒なら、いつの日かたどり着けると思うんだ。
 那生と出会って一ヶ月。
 夏のような陽気の五月の青空は、以前よりは確かに近くに感じていた。




 ……Next 第二夜 其の一 波紋

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

友井架月

Author:友井架月
筆名:友井架月(ともいかづき)
性別:男
血液型:A型
誕生日:5月30日
趣味:創作活動
詳細:平成生まれの自由人。より良い作品を残すために日々模索中
ピクシブにて18禁らしい小説も投稿中。

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