少しずつでも
余情日記――今日はしっとり風味でいきます。
早く『リトルバスターズ!』アニメ化しないかなーと思う日々。
ストーリーを多少いじるのはいいけど、声優を変えるのは許せない。
そこが不安要素ではある。
どーも、友井架月です。
ずいぶん久しぶりに『月下の王』を書きました。
履歴を確認したら、なんと五ヶ月ぶりでした。
そりゃあ、書き方忘れるよね。
キャラクターの心情を思い出しつつも、何とか一息つけるとこまで終わらせることができました。
書いてよかったと思っています。
たまにあるんです。無性に小説を書きたくなることが。
欲求といいますか、もはや本能に近いかもしれません。
それでも、自分の思ったとおりに書けたかはわかりません。
その時は良かったと思っていても、後々後悔したりするかもしれません。
行き詰ったりするかもしれません。最後までたどり着けないかもしれません。
そうだったとしても、今は前に進むしかないと思います。
過去は振り返ることはできても、後戻りすることはできません。
不安でも、迷いがあっても、まずはやってみるしかありません。
諦めずに歩き続けば、いつかは結末にたどり着けると思います。
そう思って、今は前に進んでいこうと思います。
そうすればきっと、自分が書きたかったものが分かると思うので。
書き終わった後で、もう一度最初から読み直したいと思います。
そうするためにも、書き続けようと思います。
いつまでかかるかは分かりませんが、必ずや。
一歩ずつでも確かな足跡を刻みつつ、遅くとも立ち止まらないように歩き続けつつ。
友井架月でした☆
早く『リトルバスターズ!』アニメ化しないかなーと思う日々。
ストーリーを多少いじるのはいいけど、声優を変えるのは許せない。
そこが不安要素ではある。
どーも、友井架月です。
ずいぶん久しぶりに『月下の王』を書きました。
履歴を確認したら、なんと五ヶ月ぶりでした。
そりゃあ、書き方忘れるよね。
キャラクターの心情を思い出しつつも、何とか一息つけるとこまで終わらせることができました。
書いてよかったと思っています。
たまにあるんです。無性に小説を書きたくなることが。
欲求といいますか、もはや本能に近いかもしれません。
それでも、自分の思ったとおりに書けたかはわかりません。
その時は良かったと思っていても、後々後悔したりするかもしれません。
行き詰ったりするかもしれません。最後までたどり着けないかもしれません。
そうだったとしても、今は前に進むしかないと思います。
過去は振り返ることはできても、後戻りすることはできません。
不安でも、迷いがあっても、まずはやってみるしかありません。
諦めずに歩き続けば、いつかは結末にたどり着けると思います。
そう思って、今は前に進んでいこうと思います。
そうすればきっと、自分が書きたかったものが分かると思うので。
書き終わった後で、もう一度最初から読み直したいと思います。
そうするためにも、書き続けようと思います。
いつまでかかるかは分かりませんが、必ずや。
一歩ずつでも確かな足跡を刻みつつ、遅くとも立ち止まらないように歩き続けつつ。
友井架月でした☆
月下の王 part4
第一夜 追憶二
夏を先取りしたかのような五月の陽気は、人も大地も平等に熱していた。
しかし、照りつける初夏の日差しは、それほど苦痛ではなかった。
まだ夏服に移行していないとはいえ、湿度はそれほどでもない。気温はうなぎのぼりだったが、不快指数は上昇していなかった。
それでも普段の僕だったならば、誰しもが見過ごしてしまいそうな日々の差異にわずらわしさを感じていたかもしれない。普通の人ならば気にも留めない道の凹凸が、僕にはとても億劫なものだった。
諸行無常という言葉もあるが、世界は常に変化している。自然も社会も人の心でさえも、変わらないものなんて何一つない。僕はその変化についていけなかった。それは僕が人より不器用だったからか、適応能力がなかったからか。理由はどうであれ、僕は他人よりも足が遅い。いつかその変化においてかれやしないか怖かったのだ。だから、人とかかわるのに後ろ向きだったのかもしれない。
今はそう思っている。
そう冷静に自分を客観視している自分に気がついて、正直驚いていた。
それは、この僕も変わったということだろうか。
人はそう簡単に変われるものなのだろうか。
あれほど臆病だった僕が、こうして他人と普通に話をしているなんて。
「暑いね」
「ああ、暑い。今日は七月上旬の陽気らしいから」
大した意味のない、友達との世間話。それが僕には心地よかった。それは知らず知らずのうちに、僕が心のどこかで待ち望んでいたことなのかもしれない。その幸福な時間を僕は満喫していた。
陽も高くなった学校の昼休み。僕は屋上で風に吹かれながら町の情景を見下ろしていた。隣にはもはや日常となった友達の那生の姿がある。昼食も食べ終わってやることもなくなった午後の授業までの残り時間を、僕は那生との他愛もない会話に費やしていた。五月とは思えない日中の暑さに、いつの間にか汗ばんできた。それも気にならなくなるくらい那生との会話に夢中になっていたのか、意図しなくても自然と口から言葉が出てきた。
「早く夏服になるといいのにね」
「衣替えまであと一週間だから、もう少しの辛抱だよ」
容赦なく日光を浴びせてくる太陽を恨めしそうに仰ぎ見ながら軽く嘆息した僕に、那生は朗らかに笑いかけた。まだ本番でもない暑さに負けそうになっている僕とは対照的に、那生の表情はとても涼やかだった。
「そうは言っても……那生はそんなに暑そうじゃないよね?」
「そんなことはないよ? ……それでもまあ、人よりは暑さに対して耐性はあるかな」
那生の透き通るような黒髪が、緩やかに吹く微風によって優雅に揺れた。確かに、那生のそばに居るとほかよりは涼しいような気がする。学校の屋上というセットでも、避暑地のお嬢様のような貫禄が那生にはある。穏やかな表情で外の世界を眺めていた那生に、僕は見とれていた。
そのときの僕は、たとえようも無い幸福感で満ちていた。
殺風景な屋上で、那生と二人きり。
その隔離された空間で、自由気ままな取りとめの無い談笑。
永遠に続くかのような、しかし退屈ではない平穏のひと時。
ただ流れていくだけの、過ぎていくだけの時間の中で、どれだけの幸福があっただろうか。
小さすぎてわからないくらいの、些細過ぎて気にしないくらいの。
ささやかな、それでいて大切な、今まで夢見ていたけれど、決して手に入れることの無かった幸せの在りか。記憶するだけの出来事じゃなくても、記録するだけ重要じゃなくても、確かにそこにあるという実感だけは、いつも僕の心の中にある。
わざわざ口にするまでもない。
わざわざ形にする必要もない。
僕がここにいて、隣には那生がいる。
その事実以上の意味なんて存在しないし、意味を与えてやる必要もない。
それがどれだけかけがえのないものかは、考えるまでもなく分かっている。
今まで知らなかった世界を見せてくれた。
今まで知らなかった感情を教えてくれた。
四月から始まった新しい環境は未知の体験の連続で、僕はついていくのがやっとだった。
とにかく那生と一緒にいると、退屈しない。
時には笑い、時には驚き、僕は子供のように、移りゆく世界を純粋に楽しんでいた。
いつまでもその幸福が続けばいいと思った。
この幸福がいつまでも続くものだと思っていた。
根拠なんてない。
それが当然だと思っていたからだ。
学園生活はまだまだ続く。明日のことすら分からないのに、二年以上先の話なんて想像できるだろうか。僕は今を楽しんでいる。それでいいじゃないか。今日より明日が良い日であるかはわからない。それでも、明日も今日にように笑いあえたらいい。
そう思っていた。
「……どうしたんだい、葉流?」
「――な、なに!?」
那生がいつの間にか僕のほうに向いていた。心配そうな表情で、上目遣いで僕を見つめていた。
心臓が跳ねた。
互いの顔が近い。
吐息の音が聞こえるほどの距離ではないが、それでも僕を動揺させるには十分だった。
「……どうしたって、何が?」
自分を落ち着かせる意味でも、相手にそれを悟られないためにも、僕は声をできるだけ抑えて言った。少しでも声が上ずれば、すぐさま那生に僕の心境を看破されるだろう。それがなんだか恥ずかしかった。それともなぜ、僕は那生に対してこれほどまでに注意しているのだろうか。そっちの感情のほうがよっぽど不可解だった。
「ん、大したことじゃないんだけどね……」
那生は困ったように微笑んだ。あるいは、苦笑したのか。今の僕には分からない。今の僕には、自分の心境すら正しく理解できない。那生は理解できるのだろうか。だから、そんな曖昧な微笑を浮かべているのだろうか。
それから那生は、常の凛々しい表情に戻った。僕を変に心配させないためか、その表情は暖かさで包まれていた。
「葉流がなんだか浮かない顔をしていたから……どうかしたのかなってね」
「え……?」
僕はそんな顔をしていただろうか。自分では分からない。考えていたことがそのまま顔に出ていたのか。那生の察しがいいのか。微妙な空気が流れる中で、僕は必死に自問していた。
その冷たくなった空気を、那生の無機質な声が裂いた。
「もしかしたら、私が気づかないうちに葉流の気に障るようなことを言ってたんじゃないかって。それとも、葉流は私と一緒に居ると楽しくないんじゃないかって思ったんだ」
「そ、そんなことないよ!」
僕は柄にもなく大声で反論していた。僕は焦っていたのだろう。この関係が壊れることを。元いた僕一人だけの寂しい世界に戻ってしまうことを。
「本当かい?」
「ほ、本当だよ!」
僕はこの居場所を失いたくない。こんなにも安らげる居場所など他にはない。僕と那生。その二人だけの空間を守れるならば、何を犠牲にしてもかまわないと思っていた。
その一心で、僕は彼女の心を引きとめた。
それがどれだけ身勝手な理由なのかを痛感しながら。
「……僕は那生と一緒にいる時間が一番楽しいんだ。他でもない、君といる時間が僕の幸せなんだ。今までこんな風に思ったことはなかった。こんなに何気ない会話の一つ一つがどれだけの意味を持っているかなんて、僕は知らなかった。那生に救われたんだ。僕は学園生活に何の期待もしていなかった。何の変化もない退屈な毎日を送るだけなんだって思っていた。でも、それは違った。」
僕は何を言っているんだろう。これは一種の告白ではないのだろうか。それでも、僕は想いの丈を話すことをやめなかった。
「那生のおかげだよ。那生のおかげで、今では毎日が楽しいんだ。だから、那生の言っていることは違う。むしろ、お礼を言いたいくらいだよ。だから……」
「――もういいよ」
那生の顔を見た。何か吹っ切れたような顔をしていた。
「ありがとう、そう言ってくれて。すまない、葉流。変なことを聞いて」
「別にいいよ」
僕は那生から視線を反らさなかった。思い切ってあんなことを言ってしまったため恥ずかしかったが、那生から眼を離せなかった。眼を離してしまったら、那生を見失ってしまうかもしれない。そんな危機感を抱いてしまうくらい、今の那生は霞んで見えたのだ。
「私は葉流に嫌われることを恐れていたんだ。私も葉流と同じくらい、この居場所が大切だから。失いたくないから、変な気を使っていたのかもしれない。私はどうも、人と関わるのが苦手でね。始めはどう接していいか分からなかった。今まで私は一人だったから、人との付き合い方なんて分からない。それでも、葉流となら波長が合うんだ。葉流の隣だったら、いつもの私でいられると思うんだ。他の人だと、私に気を使ってしまうから、私もいつもの私で接することができない。……君ぐらいだよ、葉流。私と対等に話ができる人間なんて」
僕は始め、那生は僕とどこか似ていると直感した。
その理由がようやく分かった。
人付き合いが苦手なこと。
集団の中にいても疎外感を抱くこと。
自分は一人ぼっちだと思っていたこと。
それが嫌だと分かっていても、どうすることもできなかったこと。
全て同じだ。
僕らは互いに何かが欠けていた。
塞がらない穴が空いていた。
それを実感しつつも、穴が空いたままで放置していた。
穴からは隙間風が入ってくる。
その冷たさに耐えつつも、どこかに諦めがあったんだと思う。
自分は変われない、と。
無理に誰かと関わってお互い傷つくよりは、初めから関わりあいにならないほうがいいと。
そう思っていたのだろう。
それがどれだけ悲しい感情であるかも、当然分かっていたはずだ。
それでもなお、心のどこかでは待っていた。
いつの日か、自分と波長の合う人と出会えるのではないのかと。
心のどこかでは期待していたのではないのだろうか。
それが、叶ったんだ。
僕と那生は欠けていた。
それでも、二人ならば穴も塞がる。
那生と一緒なら、どんなことでもできるんじゃないかって思うんだ。
「僕は、那生と出会えて嬉しいよ」
「ああ、私もだよ」
那生の頬を何かが伝ったような気がした。
それは涙だったのだろうか。
那生がすぐに僕から顔をそらしてしまったため、その正体は分からなかった。
「空が綺麗だね」
「……そうだね」
僕はそれに気づかなかった振りをして、那生とともに大空を仰ぎ見る。
この大空には果てがないけど、那生とならどこにでも行けそうな気がした。
僕は確かに変わり始めていた。
那生と二人で、少しずつ。
終わりなんて見えないけど。
まだ歩き始めたばかりだけど。
那生と一緒なら、いつの日かたどり着けると思うんだ。
那生と出会って一ヶ月。
夏のような陽気の五月の青空は、以前よりは確かに近くに感じていた。
……Next 第二夜 其の一 波紋
夏を先取りしたかのような五月の陽気は、人も大地も平等に熱していた。
しかし、照りつける初夏の日差しは、それほど苦痛ではなかった。
まだ夏服に移行していないとはいえ、湿度はそれほどでもない。気温はうなぎのぼりだったが、不快指数は上昇していなかった。
それでも普段の僕だったならば、誰しもが見過ごしてしまいそうな日々の差異にわずらわしさを感じていたかもしれない。普通の人ならば気にも留めない道の凹凸が、僕にはとても億劫なものだった。
諸行無常という言葉もあるが、世界は常に変化している。自然も社会も人の心でさえも、変わらないものなんて何一つない。僕はその変化についていけなかった。それは僕が人より不器用だったからか、適応能力がなかったからか。理由はどうであれ、僕は他人よりも足が遅い。いつかその変化においてかれやしないか怖かったのだ。だから、人とかかわるのに後ろ向きだったのかもしれない。
今はそう思っている。
そう冷静に自分を客観視している自分に気がついて、正直驚いていた。
それは、この僕も変わったということだろうか。
人はそう簡単に変われるものなのだろうか。
あれほど臆病だった僕が、こうして他人と普通に話をしているなんて。
「暑いね」
「ああ、暑い。今日は七月上旬の陽気らしいから」
大した意味のない、友達との世間話。それが僕には心地よかった。それは知らず知らずのうちに、僕が心のどこかで待ち望んでいたことなのかもしれない。その幸福な時間を僕は満喫していた。
陽も高くなった学校の昼休み。僕は屋上で風に吹かれながら町の情景を見下ろしていた。隣にはもはや日常となった友達の那生の姿がある。昼食も食べ終わってやることもなくなった午後の授業までの残り時間を、僕は那生との他愛もない会話に費やしていた。五月とは思えない日中の暑さに、いつの間にか汗ばんできた。それも気にならなくなるくらい那生との会話に夢中になっていたのか、意図しなくても自然と口から言葉が出てきた。
「早く夏服になるといいのにね」
「衣替えまであと一週間だから、もう少しの辛抱だよ」
容赦なく日光を浴びせてくる太陽を恨めしそうに仰ぎ見ながら軽く嘆息した僕に、那生は朗らかに笑いかけた。まだ本番でもない暑さに負けそうになっている僕とは対照的に、那生の表情はとても涼やかだった。
「そうは言っても……那生はそんなに暑そうじゃないよね?」
「そんなことはないよ? ……それでもまあ、人よりは暑さに対して耐性はあるかな」
那生の透き通るような黒髪が、緩やかに吹く微風によって優雅に揺れた。確かに、那生のそばに居るとほかよりは涼しいような気がする。学校の屋上というセットでも、避暑地のお嬢様のような貫禄が那生にはある。穏やかな表情で外の世界を眺めていた那生に、僕は見とれていた。
そのときの僕は、たとえようも無い幸福感で満ちていた。
殺風景な屋上で、那生と二人きり。
その隔離された空間で、自由気ままな取りとめの無い談笑。
永遠に続くかのような、しかし退屈ではない平穏のひと時。
ただ流れていくだけの、過ぎていくだけの時間の中で、どれだけの幸福があっただろうか。
小さすぎてわからないくらいの、些細過ぎて気にしないくらいの。
ささやかな、それでいて大切な、今まで夢見ていたけれど、決して手に入れることの無かった幸せの在りか。記憶するだけの出来事じゃなくても、記録するだけ重要じゃなくても、確かにそこにあるという実感だけは、いつも僕の心の中にある。
わざわざ口にするまでもない。
わざわざ形にする必要もない。
僕がここにいて、隣には那生がいる。
その事実以上の意味なんて存在しないし、意味を与えてやる必要もない。
それがどれだけかけがえのないものかは、考えるまでもなく分かっている。
今まで知らなかった世界を見せてくれた。
今まで知らなかった感情を教えてくれた。
四月から始まった新しい環境は未知の体験の連続で、僕はついていくのがやっとだった。
とにかく那生と一緒にいると、退屈しない。
時には笑い、時には驚き、僕は子供のように、移りゆく世界を純粋に楽しんでいた。
いつまでもその幸福が続けばいいと思った。
この幸福がいつまでも続くものだと思っていた。
根拠なんてない。
それが当然だと思っていたからだ。
学園生活はまだまだ続く。明日のことすら分からないのに、二年以上先の話なんて想像できるだろうか。僕は今を楽しんでいる。それでいいじゃないか。今日より明日が良い日であるかはわからない。それでも、明日も今日にように笑いあえたらいい。
そう思っていた。
「……どうしたんだい、葉流?」
「――な、なに!?」
那生がいつの間にか僕のほうに向いていた。心配そうな表情で、上目遣いで僕を見つめていた。
心臓が跳ねた。
互いの顔が近い。
吐息の音が聞こえるほどの距離ではないが、それでも僕を動揺させるには十分だった。
「……どうしたって、何が?」
自分を落ち着かせる意味でも、相手にそれを悟られないためにも、僕は声をできるだけ抑えて言った。少しでも声が上ずれば、すぐさま那生に僕の心境を看破されるだろう。それがなんだか恥ずかしかった。それともなぜ、僕は那生に対してこれほどまでに注意しているのだろうか。そっちの感情のほうがよっぽど不可解だった。
「ん、大したことじゃないんだけどね……」
那生は困ったように微笑んだ。あるいは、苦笑したのか。今の僕には分からない。今の僕には、自分の心境すら正しく理解できない。那生は理解できるのだろうか。だから、そんな曖昧な微笑を浮かべているのだろうか。
それから那生は、常の凛々しい表情に戻った。僕を変に心配させないためか、その表情は暖かさで包まれていた。
「葉流がなんだか浮かない顔をしていたから……どうかしたのかなってね」
「え……?」
僕はそんな顔をしていただろうか。自分では分からない。考えていたことがそのまま顔に出ていたのか。那生の察しがいいのか。微妙な空気が流れる中で、僕は必死に自問していた。
その冷たくなった空気を、那生の無機質な声が裂いた。
「もしかしたら、私が気づかないうちに葉流の気に障るようなことを言ってたんじゃないかって。それとも、葉流は私と一緒に居ると楽しくないんじゃないかって思ったんだ」
「そ、そんなことないよ!」
僕は柄にもなく大声で反論していた。僕は焦っていたのだろう。この関係が壊れることを。元いた僕一人だけの寂しい世界に戻ってしまうことを。
「本当かい?」
「ほ、本当だよ!」
僕はこの居場所を失いたくない。こんなにも安らげる居場所など他にはない。僕と那生。その二人だけの空間を守れるならば、何を犠牲にしてもかまわないと思っていた。
その一心で、僕は彼女の心を引きとめた。
それがどれだけ身勝手な理由なのかを痛感しながら。
「……僕は那生と一緒にいる時間が一番楽しいんだ。他でもない、君といる時間が僕の幸せなんだ。今までこんな風に思ったことはなかった。こんなに何気ない会話の一つ一つがどれだけの意味を持っているかなんて、僕は知らなかった。那生に救われたんだ。僕は学園生活に何の期待もしていなかった。何の変化もない退屈な毎日を送るだけなんだって思っていた。でも、それは違った。」
僕は何を言っているんだろう。これは一種の告白ではないのだろうか。それでも、僕は想いの丈を話すことをやめなかった。
「那生のおかげだよ。那生のおかげで、今では毎日が楽しいんだ。だから、那生の言っていることは違う。むしろ、お礼を言いたいくらいだよ。だから……」
「――もういいよ」
那生の顔を見た。何か吹っ切れたような顔をしていた。
「ありがとう、そう言ってくれて。すまない、葉流。変なことを聞いて」
「別にいいよ」
僕は那生から視線を反らさなかった。思い切ってあんなことを言ってしまったため恥ずかしかったが、那生から眼を離せなかった。眼を離してしまったら、那生を見失ってしまうかもしれない。そんな危機感を抱いてしまうくらい、今の那生は霞んで見えたのだ。
「私は葉流に嫌われることを恐れていたんだ。私も葉流と同じくらい、この居場所が大切だから。失いたくないから、変な気を使っていたのかもしれない。私はどうも、人と関わるのが苦手でね。始めはどう接していいか分からなかった。今まで私は一人だったから、人との付き合い方なんて分からない。それでも、葉流となら波長が合うんだ。葉流の隣だったら、いつもの私でいられると思うんだ。他の人だと、私に気を使ってしまうから、私もいつもの私で接することができない。……君ぐらいだよ、葉流。私と対等に話ができる人間なんて」
僕は始め、那生は僕とどこか似ていると直感した。
その理由がようやく分かった。
人付き合いが苦手なこと。
集団の中にいても疎外感を抱くこと。
自分は一人ぼっちだと思っていたこと。
それが嫌だと分かっていても、どうすることもできなかったこと。
全て同じだ。
僕らは互いに何かが欠けていた。
塞がらない穴が空いていた。
それを実感しつつも、穴が空いたままで放置していた。
穴からは隙間風が入ってくる。
その冷たさに耐えつつも、どこかに諦めがあったんだと思う。
自分は変われない、と。
無理に誰かと関わってお互い傷つくよりは、初めから関わりあいにならないほうがいいと。
そう思っていたのだろう。
それがどれだけ悲しい感情であるかも、当然分かっていたはずだ。
それでもなお、心のどこかでは待っていた。
いつの日か、自分と波長の合う人と出会えるのではないのかと。
心のどこかでは期待していたのではないのだろうか。
それが、叶ったんだ。
僕と那生は欠けていた。
それでも、二人ならば穴も塞がる。
那生と一緒なら、どんなことでもできるんじゃないかって思うんだ。
「僕は、那生と出会えて嬉しいよ」
「ああ、私もだよ」
那生の頬を何かが伝ったような気がした。
それは涙だったのだろうか。
那生がすぐに僕から顔をそらしてしまったため、その正体は分からなかった。
「空が綺麗だね」
「……そうだね」
僕はそれに気づかなかった振りをして、那生とともに大空を仰ぎ見る。
この大空には果てがないけど、那生とならどこにでも行けそうな気がした。
僕は確かに変わり始めていた。
那生と二人で、少しずつ。
終わりなんて見えないけど。
まだ歩き始めたばかりだけど。
那生と一緒なら、いつの日かたどり着けると思うんだ。
那生と出会って一ヶ月。
夏のような陽気の五月の青空は、以前よりは確かに近くに感じていた。
……Next 第二夜 其の一 波紋