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月下の王 part3

 第一夜  其の二 舞う月


 僕の時間は止まっていた。
 かろうじて分かるのは、月の明るさと眼前に立つ少女の姿。
 そのどちらもが現実味のない輝きを放ち、僕を見下ろしている。
 ――まるで夢を見ているみたいだ。
 それは冗談のキツい悪い夢。
 悪夢にうなされる僕は冷や汗をかき、呼吸はひどく荒い。心臓は破裂してしまいそうなほど高鳴り、ドクドクと内側から僕を叩いている。こんなの、中学のときのマラソン大会以来か、それ以上だ。
 これは現実か、はたまたタチの悪い幻想なのか。
 いまさら幻想に逃げるつもりはない。現実を確かめるために来たのに、幻想に逃げるなんてナンセンスだ。ありえない現実を受け止めるぐらいの器量はあるつもりだから。
「――おい、オマエ」
 声がする。
 女性というよりは幼く、しかし尊厳に満ちた声だった。
 僕をまどろみから目覚めさせた声は、頭上からする。
 月が語りかけてきたわけはないだろう。無論、少女のほうだ。
「こんなトコで何をしている? 子供は寝る時間だ。家に帰ってさっさと寝てろ」
 ――君も子供じゃないか、とはさすがに言えなかった。それは少女の気迫に蹴落とされていたからではない。冗談を言う余裕がなかったからだ。彼女が助けてくれなければ、黒宮葉流は確実に消されていた。いや、冗談抜きで消えかけた。むしろ消されなかったのが嘘みたいで心の整理ができていないのだ。
「――まったく。最近は闇の使徒の活動が活発だというのに、さらにはこうして仕事の邪魔をする輩も増えてきている。どうしようもなく病んだ都市になったものだな、東京というところは」
「――闇の、使徒?」
 聞きなれない単語に反射的に聞き返してしまった。少女は明らかに『説明が面倒だな』という顔をすると、手に持った大鎌でソレを指した。
「見えるだろう? さっきまでオマエがやられていたヤツだ」
 それは――、
「あ――」
 文字通り、僕にとっての悪夢だった。
《――闇の使徒。それは闇に棲み、闇に蠢き、人を捕らえる異形なる闇》
 実感する。僕はさっきまでアンナものとやりあっていたというのか?
《奴の正体についてはまったくの謎》
 再び体が震えだす。悪い夢にうなされるように、その恐怖に怯えるように。
《誕生起源、行動目的、存在理由、思想概念、そのすべてが謎》
 自己の消滅。突然僕に告げられた姿なき恐怖。
《分かっていることは、アレは深夜に活動し、無防備な人間を襲い、消滅させる――》
 戦場でしか味わえない、死線という名のリアルな境界線。そこに僕は立っていた。
《――人間の敵だ》

「――おい! 聞いているのか!?」
 頭上から声がする。へたり込んでいた僕に、少女が怒鳴り声を上げたのだ。
「聞いてきたのはオマエだろ? わざわざあたしが説明してるのに、聞かないなんて何様だ! ……それに、助けてもらった命の恩人に、礼の一つもないというのはどういうことだ?」
 少女は相当怒っているようだ。わがままの通らない子供のように腕を振り回しているのは実に可愛らしいが、少女が言っていることはもっともだ。どうやら僕は、あまりの現実に当たり前のことも失念していたらしい。
「あ、ありがとう……」
 僕が遅すぎる礼を言うと、少女はすねたように顔を背けた。
「――ふん! 催促しての礼など、道端で拾ったお守りよりもありがたみがない。つまりは、微塵もうれしくなんかない!」
 どっちだよ、と内心ツッコんでみた。嬉しくないとは言いつつも、やはり嬉しいのか顔が微妙に赤くなっている。この少女はどうも素直じゃないらしい。
「でも、助けてくれたのは事実だ。だから、ありがとう」
 再度礼を言うと少女は『うぐっ』と奇妙な声を上げ、狼狽した。この少女は素直じゃないだけでなく、人からの感謝への耐性もないらしい。いったいどういう生活を送っているのやら。
 ひとしきり慌てふためいていると自分の役目を思い出したのか、『こほん』というわざとらしい咳払いをして少女は顔を引き締めた。
 感情をかなぐり捨てた、真剣な表情に。
「あたしは自分の使命を全うしているだけだ。闇の使徒を倒すのがあたしの使命。オマエを助けたのはそのついで。おかしのオマケだな」
「む――」
 人間としてのぞんざいな扱いにカッとなりかけた僕だが、少女の眼差しに気づくと普段の冷静な自分に戻れた。
「――それに、目の前で人が消されるのは、もうイヤだからな」
 その眼差しに内包されているのは、闇の使徒に対する怒りであり、辛い過去を思い出しているような冷たい、痛いほど冷たい悲しみだった。
「三日月――!」
 三日月を模した大鎌を構えると、凛とした姿でソレらと対峙する。今までの会話などなかったかのようにその態度は豹変し、口の悪い横暴そうな少女から、死神のような無情な少女へと様変わりしたのだ。
「そこから一歩も動くなよ。――一歩でも動いたら、命の補償はしない!」
 ダン! と大きく踏み込むと、少女は前進のバネを利用し闇の使徒へと急接近する。
 二〇メートルあった両者の距離を、ものの二、三秒でゼロにする少女の身体能力に僕は唖然となった。とても人間業とは思えない身のこなしに、ただただ驚くばかり。元から人間離れした神秘さを放つ少女だったが、戦闘となるとそれが一段と際立っている。今あの場で戦っている少女は一人前の戦士のように、勇敢で物怖じしていない。たった一瞬で勝負が分かれる彼女たちの戦場では、そのたった一瞬が勝機にも命取りにもなることが分かっているのだ。
「はっ!」
 少女の細腕では持ち上げることすら不可能なはずの大きな鎌を軽々と、あたかも果物ナイフのように器用に操っている少女は上質な舞を踊っているようで、幻想的だった。僕にとっては絶望的な存在だった闇の使徒を、ハムのスライスみたくあっけなく切り刻んでいく。少女の周りに五、六体の闇の使徒が取り囲んでいようと、形勢はまだまだ少女のほうに分があるようだ。
「ああ、もう! 鬱陶しい!」
 しかしいくら少女のほうに分があっても、こうまで密着された状態では存分に鎌を振るえない。
 嫌気が差したのか三日月を片手持ちから両手持ちに変えると、囲まれているのを利用し円形に一閃させる。
 だが、闇の使徒の全員がその斬撃すらもよけていた。
「それでいい――」
 少女から闇の使徒まで五メートルの猶予。それは、少女にとって最上の間合いだった。
 勝利の笑みを浮かべると、三日月を地面に深々と突き刺し、叫んだ。
「目覚めろ三日月! 天地切り裂き、敵を葬り去れ!!」
 少女から放射状に、何かの力が発せられた。
 見えざる何かは一瞬にして闇の使徒を捕らえると、瞬く間にやつらを切り刻み跡形もなく消し去ってしまった。
 後には、大鎌とその所有者のみを残して。

 ……………………。
 ……終わった。
 少女の戦いはたった今終わりを告げた。
 黒宮葉流は、それをただ見ていただけだ。
 葉流は何もしていない。むしろ、足手まといだっただろう。
「ああ……」
 覚悟していたなんてまったくのでたらめだった。
「ここが、僕のいる世界?」
 生半可な覚悟ではいけないと分かっていた。しかし、その覚悟ではまだ足りないのだ。
 ここは一切の常識が通用しない異世界だ。『夜』という特異な空間を跋扈する闇の使徒なる者たち。そして、それらと戦う少女。空想めいた出来事は現実というくくりの中で行われ、こうして僕の眼前で決着がついた。生きている心地がしないのは、理性が現実を否定しているからではない。少女と闇の使徒の死闘というものを目の当たりした僕が、いまだ夢見心地だからだ。僕が見ているのは、現実という名の悪夢なのかもしれない。
「三日月……」
 少女が短く唱えると、物騒な大鎌は途端に姿を消した。
 手品のような可憐で機敏な彼女の動作に、僕は半ば陶酔したかのように見惚れていた。
「……なんだ、オマエ。まだいたのか?」
 緊張から開放されたのか、安堵の表情の少女は、情けなく地べたに座っている僕を見てそんな事を言った。
「そこを動くなと言ったのは誰だよ……」
 僕も思わず安堵の息を漏らしてしまう。助けられた身でどうこう言える立場ではなかったが、彼女の威圧的な雰囲気が解けると、自然に表情が柔らかくなってくる。
「それも、そうだな」
 彼女は納得したように頭を掻くと、再度僕をいぶかしむような眼で睨みつけてきた。
「そういえば、オマエ。なぜにこんな夜更けに出歩いていた? 現在の東京が、どれほど危険か分からないわけではないだろ。大人でさえ夜間の外出を敬遠しているというのに、お前と言ったらどういう了見だ?」
 実に当然と言える疑問を殺気立たせて聞く少女。確かに今夜の僕の行動は軽率だったかもしれない。僕の失態を咎めているのが少女であるという事実を除いては、一応は筋が通っている。
「……」
「――黙秘か。それでもいい。あたしにオマエの事情を無理に聞く権利はない。言いたくないなら言う必要はない。……ただ、これにこりたら、金輪際夜間の外出を控えるべきだな。せっかく拾った命だ。無駄にだけはしないようにな」
 彼女は僕に背を向けると、何もなかったようにその場を後にしようとした。
 その触れられないほどの孤独に満ちた背中を――
「一週間前、僕の友達が姿を消したんだ」
 僕は胸の内を打ち明けるようにして呼び止めた。
「……」
 少女の足が止まる。こちらに振り向くことなく、僕に背を向けた状態で聞いていた。
「彼女は女の子だったけど、僕にとっては、生まれて初めてできた『友達』だったんだ」
 そんな事を赤の他人に話すのは気恥ずかしかったけど、なぜか言葉は自然と口から出てきた。
「彼女は頭が良くて、誰もが考えもしないようなことを、誰よりも真剣に考える人だった。僕はそんな絵空事みたいな彼女の話を聞くのが大好きだったし、彼女と一緒にいる時間はかけがえのない大切な時間だった」
 彼女がいない今になって気がついた。
 何の期待もしていなかった高校生活。
 そこに『楽しさ』を与えてくれた人。
 思い出と呼べる出来事には必ず、彼女の存在が居たということに。
「彼女は東京の異変についても考えていたと思う。なぜ東京がおかしくなったのか。東京の『夜』に何が潜んでいるのか。そして――その先の真実についても、見当がついていたんだと思う」
「――何だと!?」
 驚愕したのか、急に振りかえって僕に掴みかかる少女。憎悪のこもった眼光で射抜いてくる。
「詳しく話を聞かせろっ! その友達は、闇の使徒の正体を知っているのか! 奴らのことについて、オマエに何か言ってなかったのか!?」
 強く握れば折れてしまいそうな細腕で、万力のような力で僕を締め上げてくる。このままでは僕が窒息してしまう。そんなに強く襟元を掴まないでほしい。
「彼女は僕に何も話してはくれなかったんだ! 僕が彼女の異変に気づいた時には、行方を晦ました後だったから!」
 それが悔やまれてならない。
 那生は僕に、相談の一つもしてはくれなかった。そんなに頼りがいのある人間だとは思ってはいないけど、相談くらいならのってあげたのに。
「……そう、か……」
 掴んでいた襟元から手を離し、しぼむような力のない声で肩を落とす少女。相当ショックだったのだろうか、あの力強い印象が、今はか弱い少女のそれだった。
「彼女は僕を危険な目にあわせないようにわざと話さなかったんだ。もし僕に話していたら、どんな形であろうと僕に危害が及ぶだろうと、知っていたから。それでも、夜の東京について考えていた彼女は明らかに何か知っていそうな感じで、僕にそのことを隠していた。僕は彼女のそんな態度を心配しながら、半年もの間ほおっておいたんだ」
 僕は自分自身に憤っていた。
 何で相談してくれなかったんだろうという一方的な上から目線で、僕自身が彼女の心の内に踏み込むことをためらっていた。そこから先はタブーだと勝手に縛りをつけて、彼女に手を伸ばしかけた状態で放置していたのだ。僕が彼女に手が届かなかったのは当然だ。少なからず、僕の心には迷いがあった。彼女が見ている世界に踏み出す勇気がなかったから、こうして僕の世界から彼女を失うハメになっている。
「だから僕は、那生を探しているんだ。彼女が見ていた世界を知るために。彼女が見出そうとしていた――真実にたどり着くために」
 もう手遅れかもしれない。
 那生にはもう会えないかもしれない。
 そんな不安が胸中を暗くしても、何もやらないよりはましだと思った。
 今まで何もできなかったからではなく……しなかったから。
 何もできやしないと決め付けていた自分を変えるために、歩き出そうと決意した。
 闇にばかり魅入られずに光を見出せば、きっと彼女にたどり着けると信じているから。
「……愚かしい奴だ。自分ではどうしようもないことと知っていながら、それでも手を出そうとする愚行。愚かしい上に、救いようがない。あたしが助けてやったのも無意味にする気なの?」
 お願いだから手を引いてくれと懇願するような眼差しに、心がわずかに動揺しかけた。
 僕だって、それが客観的に見ても妥当だと言うことは分かっている。
 でもね。どうしても、僕がやらなければならないことだと思うんだ。
 那生に言ったら笑われるか、たしなめられるか。その表情は思い浮かぶけど、今の僕の周りには、彼女の存在はない。いなくなってしまった。それだけは、確かなんだ。
「闇の使徒、だっけ。確かに僕では、あんなのと渡り合うだけの力がない。それでも……それでも、彼女を探すということだけは、僕がやらなきゃいけないんだ」
 あの楽しかった日常を取り戻したい。
 那生とまた話がしたい。
 彼女の顔が見たい。
 この想いは、彼女がいなくなってより強い感情として僕を支えてくれる。
 それだけでどうにかなるとは思わないが、この大地に立っているぐらいの力にはなると思うんだ。それが、那生が僕に与えてくれたものだから。
「……それが、オマエの答えなのだな」
 少女は冷たい視線から、どこか懐かしむような目つきで僕を見た。
「あたしと同じだ。どうしようもない現実を突きつけられて、それでもなお抗おうと苦心する。その先により過酷な現実が待っていたとしても、オマエは耐えられるんだろうな」
 彼女が見ているのは僕ではなく、深遠に続くあたりの深い闇だ。
 それが僕の進む道なのだろう。
 道しるべなどない。明かりなどない。ともに歩いてくれる友もいない。
 こんな険しい道のりでも、僕は進まなければならないのか。
 それが、現実なのだ。
「それでも、意志は変わらぬのだな」
 少女は嘆息した。あきらめと、覚悟を決めたようなため息を。
「ごめん。君に助けてもらったのに、君の忠告を無視するようなことをして」
「自分で決めたことなんだろう。それなら、何があろうと自分の意志を貫くくらいの覚悟がなきゃだめだ」
 少女が僕の前へと立つ。おもむろに、だが確かに、僕に手を差し出した。
「オマエは人の話を聞きそうにないからな。また夜間に出歩いて、闇の使徒に襲われでもしたら困る。オマエの目的が果たされるまでは、あたしが協力してやらないこともない」
 那生と初めて会った日と光景がかぶる。
「あたしの名前は朔夜(さくや)だ。オマエの名前は?」
 ああ、そうだ。あの日もこんな感じだった。
「僕の名前は黒宮葉流。よろしくね、朔夜」
「な、な、なれなれしくするな! あたしはオマエを認めたわけじゃないんだぞ!?」
「オマエじゃなくて、葉流って呼んでよ。それに、『朔夜』って良い名前じゃないか」
「うぐ……。す、好きにしろ。あたしも、勝手に呼ぶから」
「ああ。そうさせてもらうよ」
 あの日と似た光景。
 でも、確かに違う新たな一歩。
「改めまして。よろしく、朔夜」
「おま……葉流の目的が片付くまでだけどな」
 でも、確かにこの瞬間だけは、二人の心が重なったはずだ。
 握手という形で、僕らは同じ道を歩むことを決めたんだ。
 道しるべがなくても、足元を照らす明かりがなくても、僕らは迷わず進めるだろう。
 ともに歩む仲間さえいれば、僕らは歩いてゆけるんだから。

 こうして始まった、黒宮葉流の長い旅。
 大切な人と闇の真実を探す長い旅。
 今はまだ手探り状態だけど、不安なんてない。
 だって、僕には手をつないで歩く仲間がいるんだから。




……Next 第一夜 追憶二

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

友井架月

Author:友井架月
筆名:友井架月(ともいかづき)
性別:男
血液型:A型
誕生日:5月30日
趣味:創作活動
詳細:平成生まれの自由人。より良い作品を残すために日々模索中
ピクシブにて18禁らしい小説も投稿中。

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